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東京高等裁判所 昭和61年(特う)780号 判決 1987年3月30日

本籍

兵庫県西宮市門戸東町五番

住居

東京都台東区根岸四丁目一五番一二-三〇七

ジャルダン根岸

会社員

廣納俊治

昭和二一年六月八日生

右の者に対する相続税法違反、詐欺(予備的訴因相続税法違反)被告事件について、昭和六一年四月一五日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官杉原弘泰出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人石塚文彦、同大森勇一連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官杉原弘泰名義の答弁書に各記載されているとおりであるから、これらを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判示第三の事実につき、被告人は当初矢嶋正司との間で、同人の土地譲渡所得税を免れるための共謀をしたことはあるものの、その後の昭和五九年一一月二七日岩内税理士と仲違いしてしまったことから、以後右共謀関係から離脱し、矢嶋は岩内税理士との間で新たな共謀を遂げたうえ、それに基づきほ脱を実行したものであるから、被告人に対しては共謀共同正犯としての責任を問いえないのに、共同正犯として有罪の認定をした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、関係証拠を総合すれば、原判決が「争点に対する判断」の二において、被告人が共同正犯者として責任を負うべきものであるとして認定・判示しているところは、被告人の検察官に対する供述調書の任意性に対する判断を含め、是認することができるのであって、右と異なる被告人の原審公判廷における供述及びこれと一体をなす被告人作成の陳述書部分は、原審において同意され異議なく取り調べられた矢嶋正司・岩内成光・岩附和彦の検察官に対する各供述に照らし信用することができない。所論にかんがみ付言するに、弁護人は被告人が関与していた原判示第三の共謀内容と実行されたところとはそごしており、本件ほ脱は右共謀に基づくものとはいえないとするのであるが、関係証拠によれば、被告人は矢嶋との間で、同人がトヨタカローラ足立株式会社(以下トヨタという)と、東京日産自動車販売株式会社(以下日産という)へ売却したことによる土地譲渡所得税を極力免れるため、原判示第二の相続税ほ脱の手段として計上した架空連帯保証債務三億七〇〇〇万円を履行するため土地を譲渡したように装い、その売買代金から右履行額を差し引いて申告し所得税をほ脱するという共謀を遂げたこと、実行した申告行為も右架空連帯保証債務を履行するために土地を売却したように装って行われていることがそれぞれ認められるのであって、本件所得税確定申告の行為が右共謀内容の範囲内で実行されたことが明らかである(本件確定申告においては右連帯保証債務の履行に伴う求償権行使不能額を三億三二三九万五〇〇一円として計上している。)。弁護人は、右架空連帯保証債務の利用について、トヨタ分で一億五〇〇〇万円、日産分で二億二〇〇〇万円の各債務を履行したことにする取り決めであったのに、実際の申告にあたってはこれと異なる計上処理をしているので、右申告行為は被告人との共謀に基づくものとはいえないと非難する。しかしながら、本件はまずトヨタへの土地売却による譲渡所得税のほ脱の話があり、ついで日産への土地売却による譲渡所得税のほ脱についても話が及んだことから、被告人は矢嶋に対しトヨタへ売却した土地代金を右架空連帯保証債務の履行に充当したものとしても、なお多額の残債務があるので、その分を日産への土地売却代金で履行したことにして所得から差し引きほ脱することができると説明して、日産への土地譲渡所得分についても脱税を請負ったのであって、本件共謀の核心は、トヨタ・日産への土地譲渡所得につき、さきに原判示第二の相続税の更正請求にあたって計上した架空連帯保証債務を利用し、その債務額である三億七〇〇〇万円を限度として、右両土地譲渡所得から右債務の履行をしたものとして差し引き、それに相当する税金をほ脱するというものであって、トヨタ・日産への土地売買代金のうちどの代金でいくらの連帯保証債務を履行したことにするかはさほど重要なことではなく、この点に関し当初被告人が予定していたところと実際の申告の際の計上処理との間にくいちがいが生じているとしても、そのことをもって、本件所得税の申告が被告人との共謀に基づくものではないとすることはできない。弁護人はまた、本件所得税の確定申告の資料として被告人作成の武商エンタープライズ株式会社(以下武商エンタープライズという)名義の領収書三通が提出されたが、右領収書は原判示第二の更正請求において計上した架空の連帯保証債務の露見防止のために作成されたもので本件ほ脱に利用するなどとは予想だにしなかった、と主張する。しかしながら、関係証拠によれば、右更正請求において計上された架空の連帯保証債務は、その債務者である矢嶋が武商エンタープライズから一時立て替えてもらって債権者へ支払ったという形式がとられていたこと、原判示第二の相続税の更正後の税務調査を受けた矢嶋が税務署員から本件の土地売却代金で右立替金を返済したのかと問い質されたことから、被告人と矢嶋らは右更正請求で計上した右連帯保証債務が架空であることが発覚しないようにするため、岩内税理士の進言で、被告人が右武商エンタープライズ名義で矢嶋宛の領収書三通をねつ造するとともに、これにあわせて矢嶋が同社の銀行預金口座に振り込み送金し(但し、直ちに払い戻されて矢嶋の仮名預金口座に入金されている。)、同社が矢嶋から右立替金を返済してもらったように実績作りをしたこと、右領収書三通が昭和五九年度の矢嶋の所得税確定申告に使用されたことがそれぞれ認められるところ、本件土地譲渡所得税のほ脱が原判示第二の更正請求で計上した架空の連帯保証債務を履行するため土地を譲渡したものと装うことにより行おうとするものであるから、右領収書の作成や送金事実の実績作りは、右更正に関する税務調査に備えるためのものであるとともに、本件土地譲渡所得税のほ脱工作の一つともなるものであることが明らかである。そうすると昭和五九年度の矢嶋の所得税確定申告に右領収書が使用されたことは、なんら被告人や矢嶋の意向・共謀内容に反するものではない。そしてまた、弁護人は被告人の共犯関係からの離脱を主張するのであるが、関係証拠によれば、被告人は同年一一月二七日ころ岩内税理士と仲違いをしたが、その際同税理士は矢嶋の税申告等については従前通り責任をもって実行する旨を述べ、被告人もこれを了承したこと、被告人としてはすでに金銭消費貸借契約書・手形・領収書等をねつ造し、送金の実績作りにも協力ずみであり、被告人自身の役割は一応終わっており、その余の申告書の作成提出は岩内税理士にまかせておけば足りる状況にあったこと、被告人が本件所得税の納期限が徒過するまで、矢嶋に対し共犯関係の解消を表明したり、受領済みの報酬を返還したり、矢嶋や岩内税理士に所得税ほ脱の実行を中止させ、又は断念させるような行為にはなんら出ていないこと、かえって本件ほ脱を請負った際の立合人である岩附和彦から本件土地譲渡所得の申告を予定通り進めることの是非をたずねられた被告人は、「書類が揃っているから予定通り零申告してよい」といっていること、被告人は高額の報酬を前受けしているうえ、岩附からの確認電話に対し右のように回答した手前もあって、岩内税理士に念押しをしておく等のために再三電話連絡をとろうとしたことがそれぞれ認められ、これらを総合すれば、被告人が本件共犯関係から離脱していなかったことが明らかである。以上、原判示第三の所為につき、被告人に対し共同正犯者としての責任を認めた原判決に所論の事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、原判決の量刑は被告人に対し刑の執行を猶予しなかった点において重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、本件は脱税請負グループの一員である被告人らが、原判示第一においては実父の財産を共同相続し、多額の相続税を納付することとなった分離前の相被告人関口安宏を巧みに誘い、分離前の相被告人今川忠雄をも加えて共謀のうえ、架空の連帯債務を計上するなどの方法により内容虚偽の相続税申告書を提出して一億九九六万円の相続税を免れ、原判示第二においては、被告人が、いったんは正しく相続税の申告をした分離前の相被告人矢嶋正司に対し、脱税を勧めてこれを決意させ、右今川及び分離前の相被告人高村昭二らとも共謀のうえ、架空の連帯保証債務を計上するなどの方法により内容虚偽の相続税更正請求書を提出するなどして税務署長に更正を行わせ、一億七七二五万九六〇〇円の相続税を免れ、原判示第三においては、右矢嶋と共謀のうえ、所得税法六四条二項の規定を悪用して架空の連帯保証債務の履行のため同人所有の不動産を譲渡し、その履行に伴う求償権の行使ができなくなったかの如く仮装するなどの方法により内容虚偽の所得税確定申告書を提出して一億一六七万九五〇〇円の所得税を免れた事案であるところ、ほ脱額がいずれも高額で合計三億八八八九万円余りなものぼること、ほ脱率も原判示第一において約六九・九パーセント、同第二において約八三・六パーセント、同第三において長期譲渡所得税については一〇〇パーセントといずれも高率であること、金銭消費貸借契約書・手形・領収書などをねつ造したり、弁済事実を作り出すため銀行送金の実績作りに協力するなど犯行態様が計画的かつ巧妙であることなど犯行自体極めて悪質である。

弁護人は、(1)被告人を職業的脱税グループの一員であるとした原判決の判断は独善的かつ偏見に基づくものである、(2)被告人は仲介者や前記関口・矢嶋らの金銭欲の犠牲になったといえるのに原判決はこの点に配慮していない、(3)犯行が計画的かつ巧妙であったのは税務署職員の指示によるものである、(4)領収書のねつ造は岩内税理士の指示であり、銀行送金の実績作りも結果としてそうなったもので、被告人自らの意図によるものではないとして原判決の量刑を非難する。しかしながら、(1)被告人は建設機械リースや不動産業等を目的とする株式会社の代表取締役を努めるかたわら、全日本同和連盟中央本部副会長を名乗り、かねて知人らに対し、多額の遺産を残して死亡した人の相続人や税務処理を依頼する人を紹介してくれれば手数料を支払うと呼びかけ、紹介を受けた納税義務者らに働きかけて脱税を請負い、自己のもとに出入している者らをも使って他人の税申告等に介入し、各地の税務署に出入し、税務調査に立会するなどして多額の報酬を得ていたもので、本件はその一環として行われたことが窺えるのであって、被告人を職業的脱税グループの一員と認定した原判決の判断が独善的かつ偏見に基づくものとはいえない。(2)前記のように仲介者は被告人の依頼に基づき脱税依頼人を被告人に紹介したものであること、被告人は納税義務者に確実に脱税できることを強調して、その報酬として正規の税額として見込まれる額に対し原判示第一では七〇パーセント、同第二では六〇パーセント、同第三では五〇パーセント(いずれも現に納付することになる税額込み)もの金員を要求してこれを承諾させ、受領した報酬のうち一部を仲介者らに支払ったものの被告人が最も多く利得していること、原判示第一においては納税義務者である右関口から被告人に対する脱税報酬金を捻出するための不動産売却依頼をも受け、報酬分を差し引いた売買代金を返戻することとなっていたのに、返戻すべき売買代金の一部を保留したまま自己の用途にあててしまっているのであって、納税義務者の関口・矢嶋らの脱税による利得や、他の共犯者の利得に比し被告人の得た利益ははるかに大きく、この点は被告人に対する量刑にあたって看過できないところである。(3)税務署員が相続税法一三条一項一号、所得税法六四条二項に基づき税額を算出している納税義務者に対し、右適用を受ける事実関係を明らかにするに足る資料の提出を求め、疑義をただすための質問をなし得ることはその職務上当然の事柄であり、かつ、被告人らがこれらを予想し、あるいは資料の提出を求められ質問されたことが発端となったにせよ、本件各申告において計上した架空債務の事実を糊塗するために被告人らがとった金銭消費貸借契約書・手形・領収書等のねつ造や弁済・送金事実の作出は甚だ計画的かつ巧妙なものであったといわざるを得ない。(4)原判示第三の領収書のねつ造や送金事実の実績作りのいきさつについては前記認定の通りであり、岩内税理士からの進言によるものであったにせよ、被告人がこれに応じて領収書をねつ造し、送金事実の実績作りに協力したことは、原判示第三のほ脱事犯の重要部分を被告人が実行している点で看過し難いものがある。

そしてまた、被告人は首謀者として本件各犯行を積極的に敢行したものであること、巨額の報酬を得ていたこと、本件脱税依頼者に対しその利得の返還をなんら行っていなかったこと等を総合すると、被告人の刑責は重大であるといわざるを得ず、被告人に前科前歴がないこと、反省の情を示していること、被告人の生育歴、家庭の事情等、被告人のため酌むべき情状を考慮してみても、被告人を懲役二年六月に処した原判決の量刑はその時点においては重過ぎて不当であるとはいえない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、原判決後被告人は自宅を売却して金を作り、前記関口、矢嶋に対し各二〇〇〇万円を返還し、また本事件終結後保釈保証金の還付を受け次第各二〇〇〇万円を支払い、残余の支払いは別途協議して定める旨の示談を成立させ、合計八〇〇〇万円については返還ないし返還が確実視される状況にあり、右関口、矢嶋からは被告人に対し寛大な裁判を求める旨の上申書も提出されていることが認められ、これらの事実をも併せ考慮すると、未だ被告人に対し刑の執行を猶予するのを相当とするまでの情状が形成されたとはいえないが、その刑期を軽減するのが相当であり、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反するものと認められる。

よって、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件について更に判決する。

原判決の認定した事実に、原判決の掲げる法令(刑種の選択及び併合罪加重を含む)を適用して、その刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 朝岡智幸 裁判官 小田健司)

○控訴趣意書

被告人 広納俊治

右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件の控訴趣意は、次のとおりである。

昭和六一年七月一八日

弁護人 石塚文彦

同 大森勇一

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一 事実誤認

一 原判決は、その判示第三の所得税法違反事件(以下「本件」という)につき、矢嶋正司と共謀のうえ行なったものであり、有罪である旨認定しているが、右認定は事実誤認に基づくものであり、右誤認が判決に影響を及ぼすこと明らかといわなければならない。

二 すなわち、本件で被告人広納俊治(以下単に「被告人」という)が有罪とされているのは、その実行行為になんら関与していないという証拠上明らかな事実から、いわゆる共謀共同正犯理論の適用の帰結であると考えられる。

そもそもこの共謀共同正犯理論を是認し得るか否か大いに議論の存するところではあるが、従前のこれを肯定する判例理論からして、ひとまずこれを是認するとしても、その適用に関しては十分慎重でなけれはならないことは論をまたないこと明らかで、特に後述するごとく、共謀段階での実行の手段と実際の実行行為との間に食い違いが存した上、当初の共謀成立以後、共犯者間で仲間割れという事態が生じている場合などでは、当初の共謀内容がいかなるものであったか、その共謀関係が果たして犯行に至るまで維持されていたかなどの点につき、証拠に基づく厳格な判断が要求されるといわなければならない。

三 ところで、当初の被告人が関与していた共謀内容は、そのほ脱額としては、相続税のほ脱に利用したところの連帯保証債務の履行分三億七〇〇〇万円を限度とし、トヨタに売却した土地代金一億五〇〇〇万円および日産に売却した土地代金三億二〇〇〇万円のうち二億二〇〇〇万円がその対象であり、日産分のうちの一億円は枠外になるというもので、この点は共犯者矢嶋も了解済みであった。

一方、岩内成光税理士(以下「岩内税理士」という)が矢嶋と共謀のうえ実行した犯行方法は、特例農地として税務上優遇措置のあるトヨタに処分した矢嶋および同人の母矢嶋ハツの持分二分の一に相当する七五〇〇万円を譲渡所得免除の対象から外し、残りの矢嶋の持分七五〇〇万円に、後に日産に処分した三億二〇〇〇万円全額を加えた金額を右免除の対象に入れ、被告人が枠外と明示した一億円についても枠内に入れて処理するというものであった。

そして、被告人は、岩内税理士が本件ほ脱をするにつき重要な資料として利用した武商エンタープライス株式会社名義の三通の保証債務履行に対する領収証も、後述するように、本件ほ脱に利用するなどとは予想だにしていなかった。

特に、弁論でも詳述しているように、被告人と岩内税理士が昭和五九年一一月二七日頃になって仲違いをした後、両名は顔を会わせることは勿論、電話での話し合いもなく、岩内税理士は再三に亙る被告人からの連絡を無視し続けながら、一方では、直接矢嶋らと連絡を緊密にして、前述したように、被告人と矢嶋との共謀内容とは全く異なる岩内税理士独自の考えで申告手続きを準備し、昭和六〇年三月一四日譲渡所得を含む所得税の確定申告書を西新井税務署に提出した。そして、矢嶋らも更正請求事案(原判決判示第二の事実)に関して発生した脅迫事件については被告人と連絡を取りながらも、本件の所得税申告に関しては何ら触れることなく、岩内税理士からの「矢嶋は税額が零であるが、矢嶋ハツのトヨタ分の所得税が六五〇万円になる、本件の税務申告手数料として一八〇万円を申し受けたい。」旨の請求を受けた際にも、何ら異議なく自ら直ちに、右税額を納付すると共に、岩内税理士に対しても要求どおりの手数料を払っている。

しかしながら、証拠上明らかなとおり、被告人と矢嶋との約定では、トヨタに処分した土地の譲渡所得税および右に関連して生ずる経費は矢嶋が既に被告人に支払済みの報酬一五〇〇万円中に当然含まれていたのであるから、岩内税理士から前記説明がなされた際に、矢嶋は直ちに被告人にその旨を連絡し、右納付すべき税金と岩内税理士に対する手数料の支払いを促さなければならないのに、それをせず、その後においても連絡さえしていない。

四 以上のとおり、共謀共同正犯に理論的根拠を与えた共同意思主体説によって本件を検討してみても、岩内税理士と矢嶋とは被告人を除外した、当初の共謀とは全く別個の共謀、すなわち被告人が加わっていた共同意思主体とは異なる別の共同意思主体を作出し、これが本件を遂行したものというべく、これを共犯からの離脱というかどうかはともかく、いずれにしても、本件を実行したのは岩内税理士と矢嶋両名の新たな共謀によるものであるというべきである。

したがって、本件につき被告人に対しては共同正犯の責任を問いえず、被告人は無罪である。

五 ところで、原判決は右の点に関して被告人を有罪とするにつき、その理由として以下の一二の点を挙げてこれを認定した上、被告人と岩内税理士とが仲違い以後本件共謀が解消したとか、被告人が共謀から離脱したとかいうことはできないし、本件申告行為が被告人と矢嶋の共謀に基づいて行なわれたことは明らかであると結論している。

しかしながら、原判決挙示の各事実のうち、事実誤認の点ではこれから述べるとおり多々あり、原判決の右結論は到底是認することはできない。

六 ここで、原判決認定の事実を挙示すると

(1) 被告人は昭和五九年三月二五日ころ、原判決判示第二の更正請求を請負った件で共犯者矢嶋正司と約定書を交わした際、右更正請求の報酬を矢嶋が土地を売却した金で支払うのであれば、その譲渡にかかる所得税の申告についても脱税を請負う旨述べて勧誘した。

(2) 右更正請求に際し、被告人は、それに計上した架空債務が実在するように装うため、金銭消費貸借契約書をねつ造し、また、被告人の経営する武商エンタープライズ株式会社が矢嶋に代わって右債務の債権者に弁済した形を作出する銀行送金の操作を行うなどの不正工作を行った

(3) 昭和五九年六月一〇日すぎころ、被告人は当時顧問税理士であった岩内税理士に会い、保証債務を履行するために土地を売却した場合には所得から控除されることを確認した

(4) 前同日、被告人は、矢嶋らに対し、岩内税理士を相続税の更正請求及び来年の所得税の申告をやってもらう税理士として紹介し、矢嶋もこれを了承した

(5) 同日、被告人と矢嶋の間で、トヨタカローラ足立株式会社に売却した土地の所得税申告につき、被告人が一五〇〇万円で請負う旨の合意が正式に成立し、被告人は、同月二〇日、右報酬を受領した

(6) 被告人は、矢嶋側から、東京日産販売株式会社に売却した土地代金についてもその税申告を請負って欲しい旨の依頼を受けたが、矢嶋の代理人的立場であった岩附和彦に対し、右代金約三億二〇〇〇万円のうち二億二〇〇〇万円までは引き受けられるが、残りの一億円は枠外になる旨話したところ、岩附は、必要経費等で約一億円計上できるので、右数字で税金がかからないようになる旨述べ、そして、右日産の請負代金として、同月二九日、三〇〇〇万円を受領した

(7) 被告人が所得税ほ脱の不正手段として考えていたのは、前記更正請求で計上した架空債務を履行するために右二つの土地を売却したことにするなどの方法であり、矢嶋側も了解していた

(8) 被告人は、判示第二の更正処分後の税務調査に立ち会った岩内税理士の助言に基づき、更正請求に計上した債務の架空であることが発覚しないように、武商エンタープライズ株式会社から矢嶋あての三通の領収証をねつ造するとともに、右領収証に合わせた銀行送金の実績作りに協力し、右領収証が、確定申告手続に使用された

(9) 同年一一月二七日ころ、被告人は岩内税理士と仲違いしたが、同税理士は矢嶋の件については従前どおり仕事をする旨述べ、被告人もこれを了承した

(10) その後所得税の納期限が徒過するまでの間、被告人が矢嶋に対し受領済みの報酬を返還したり、所得税ほ脱の件を辞めたい旨の申し出をしたことはない

(11) かえって、昭和六〇年二月ころ、岩内税理士に対し矢嶋の所得税の件がどうなっているのかを確認し、本件を継続して依頼する意思で電話で連絡をとろうとつとめた

(12) 同年三月、岩内税理士は、被告人が相続税の更正請求書に計上した架空債務を矢嶋が履行するために前記二つの土地を売却したこと等を内容とする確定申告書を作成提出した

等というものである。

しかしながら、右認定事実のうち、(2)、(3)、(5)、(6)、(10)以外の事実はあきらかに事実誤認であり、したがって、前記原判決の結論も到底是認し得るものではない。

七 以下、原判決認定の右各事実が誤認に基づくものであることを明らかにすることとする。

1 (1)の昭和五九年三月二五日ころの所得税の脱税の請負勧誘の事実の有無の点であるが、既に原審の弁論で詳細に述べているとおり、矢嶋はこの段階では被告人に対し、土地の譲渡先に関して具体的に特定した言い方はしていないばかりか、被告人に対する報酬金を現金でするか、土地でするか未だ迷っていた状況下にあり、また矢嶋のほか仲介者の全員が集合して同席している中で、右のように話し合いをする機会は全く存しなかったのである。

そもそも、被告人と矢嶋とは共犯関係にあったとはいえ、被告人にとっては矢嶋は依頼者であり、かつ報酬の支払いをする立場にあったわけで、被告人としてはその報酬を貰う手前、これから敢行する犯行は困難を伴うものであるように思わせる必要があったため、被告人は犯行の手口の詳細は依頼者たる矢嶋には述べることなどしておらず、この被告人の心理及び行動は極めて当然のことであり、これに反する矢嶋の被告人から犯行方法の詳細をこの時点で聞かされていた旨内容とする供述は到底信用することはできない。加えて、この三月二五日時点では、トヨタの土地問題はともかく、日産の土地の売却の話は全く白紙の状態であったので、被告人からの勧誘がなされる客観的素地がない上、被告人は、別件の関口の件においては、架空債務が保証債務ではなく、連帯債務でもよいと思っていた程度の税法の知識しか有しておらず、保証債務の履行による所得税のほ脱方法の確認は岩内税理士に対し、その時点から約二か月以上も経過した六月一〇日ころになって行っているのであって、この三月二五日ころに被告人が矢嶋に所得税のほ脱請負の勧誘を行った旨の原判決の認定の誤りは明らかといわなければならない。

2 (4)の昭和五九年六月一〇日ころの岩内税理士への依頼内容についてであるが、このときは、岩内税理士自身の供述からも明らかなとおり、被告人は岩内税理士に「今後の矢嶋の税務処理につき面倒見て欲しい。」(岩内の昭和六〇年九月一四日付検察官面前調書二丁から三丁)とだけ申し述べているのであって、それは具体的な税務処理の依頼というよりも、矢嶋の顧問税理士としての紹介以上のものではなく、このことは、当時、矢嶋は従前の顧問税理士と相続税の件での意見の食い違いからその顧問関係を解消し、税金関係につき親身なって相談をしてくれる顧問的な税理士がいなかったという客観的状況によく合致する。そして、弁論でも述べているが、被告人が矢嶋と岩内税理士とを引き合わせた六月一〇日前後には、前述のとおり矢嶋から日産の件について全く話がないのであるから、これを岩内税理士に依頼しようがなく、その後も岩内税理士との間でこの点を話題にしたことは一度としてないのであって、トヨタ、日産分を含めた一切の譲渡所得手続を岩内税理士に依頼するはずもなく、また、しようにもできない状態にあったといわざるを得ない。したがって、原判決が認定しているような「来年の所得税の申告をやってもらう」旨の具体的依頼がなかったことは明らかである。

3 (7)の点であるが、原判決は更正請求で計上した架空債務を履行するために土地を売却したことにする方法を採った旨認定しているが、当初の被告人らの意図は、矢嶋から被告人に払うべき報酬の捻出のために売却しようとしたものであって、当初から架空債務の履行に充てることを考えていたわけではない。

原判決は、相続税のほ脱に利用した架空の保証債務とこれを履行したことによる所得税のほ脱とが一般的には必然的になされるという観念に支配され、各事実の認定を誤り、ひいては本件における被告人の真の立場を理解しないという重大なミスを犯しているのである。

被告人は、相続税の更正請求において、架空の保証債務を計上することにより、相続税を免れることは知ってはいたものの、前述のとおり、その保証債務の履行が所得税を免れることになることまでは知らずしたがって、その架空債務の履行などは当初全く念頭になく、その後、その履行が所得税のほ脱に利用できることを知り、結果として土地の売却代金を保証債務の履行に充てるようにしたに過ぎない。

そして、この点に関する矢嶋側の了解があったなどという事実は全くない。

4 (8)の三通の領収書のねつ造とその使途についてであるが、被告人が作成した右領収書は、昭和五九年一〇月二二日ころ、矢嶋に対する相続税の更正処分の税務調査に際し、河西統括官から武商エンタープライズ株式会社に立て替えて貰っていながら、その返済をしていないのはおかしいとの指摘を受けた岩内税理士が、真相の発覚を虞れて、領収書作成を強く被告人に指示し、被告人はそれに従い、昭和五九年一〇月末ころ、金額、但し書、日付等を岩内税理士に言われるままに記載したに過ぎず、被告人の領収書作成の意図は、更正請求事案の露見防止のためだけであり、同人は右領収書が本件所得税の確定申告の資料として使用されるとの認識を持っていなかった。けだし、被告人は岩内税理士から領収書を作成するように指示されたとき、昭和六〇年三月に申告すべき昭和五九年分の矢嶋の所得税について岩内税理士より話されなかったこと、架空の保証債務の履行があったように装うためには、債権者中島昌司の領収書が必要であり、債権者でもその代理人でもない武商エンタープライズ株式会社の領収書でよいなどとは全く予想していなかったこと、右領収書の但し書には「貴方が中島昌司に対して負っている債務の当社立替(払)金に対する戻し分として」記載され、連帯保証人による履行であるとの文言が全く存在しないこと、相続税の更正請求に際し提出した三億七〇〇〇万円の領収書と金額において異なる税務署の認定した額三億六二一〇万九五八九円の領収書であること、等から明らかであるといえる。

もし、被告人が右領収書を本件ほ脱に使用することを認識していれば、なにも領収書を改めてねつ造する必要はなく、実際に存した三億七〇〇〇万円の銀行送金の振込証もしくは被告人が中島昌司の代理人として発行してあった領収書を使用すれば、金額の違いもなく、極めて自然であり、かつ信ぴょう性も高いといえるのであり、そのようにしなかったという事実が、なによりも被告人及び弁護人の主張の真実性を裏付けているといえるであろう。

5 (9)の被告人と岩内税理士との中違いの原因は、矢嶋に対する相続税更正処分に関し、他から脅迫される事態になったのは、岩内税理士がもたらしたのではないかとの疑いを被告人が持ったことから、それを伝え聞いた岩内税理士が激怒し、被告人と絶交する旨一方的に申入れたことによるのである。岩内税理士はその際、被告人から矢嶋の関係はどうするのかと尋ねられて、矢嶋から既に委任状とその手数料二〇万円を貰っている更正の請求、処分にかかわる問題について責任をもって処理するが、それ以外の仕事は今後一切やらないと宣言し、席を立ったのであり、岩内税理士の「従前どおり」仕事をする旨述べた真意は、更正請求に関して残っている仕事、たとえば矢嶋の子供の学校債の問題や資産についての評価の誤っている分についての評価の見直し作業、それに河西統括官から指摘されて作成した問題の領収書の税務署への提出などに限定されていたもので、そのなによりの証左は、岩内税理士に対する委任状に更正請求の件しか委任事項として記載されていないという事実の存在である。そして、被告人の岩内税理士に対する了承というのも、当然、更正請求の件に関しての継続についてというものであった。

6 (11)に関して、被告人が岩内税理士に連絡をとろうとした被告人の行動について、原判決の認定は、本件の継続を依頼する意図からでたものであるというのであるが、被告人の意図はそのようなものではなく、真実は岩内税理士との仲が昭和五九年一一月二七日に決裂したことにより、このままでは矢嶋から依頼された所得税の申告手続を所定の期限までに行うことが不可能になることを危ぐし、矢嶋との約束を果たすには岩内税理士との関係修復が不可欠と考えて、同人に連絡をとろうとしたもので、従前の関係の継続というのではなく、解消された関係の修復というものであった。

7 (12)の点については、既述のとおり、被告人が関与した共謀とは別の新たな岩内税理士と矢嶋との共謀による産物であり、被告人は全く預かり知らないことである。

八 以上のとおり、原判決が本件で被告人を有罪とするにつき、根拠として挙示した事実の大半は証拠の評価を誤って認定したもので、いずれもその存在を認めることはできず、被告人が認める(2)、(3)、(5)、(6)、(10)の事実のみでは被告人を共犯関係にあったとして、本件事実を認定することができないことは明らかである。

所得税のほ脱という結果は同一であっても、その方法、手段、額のすべてに亙って被告人の認識していた内容と異なり、加えて被告人は岩内税理士との仲違い以後は、同人と矢嶋両名からは本件につき、つんぼ桟敷に置かれる、否、全く退けられるという状況にあったわけで、このような立場の被告人までも、共謀共同正犯理論の適用によって本件の共犯関係にあるという認定は全く乱暴な認定というべきで、被告人は原判決の判示第三の所得税法違反事件については無罪である。

第二 量刑不当

一 原判決は被告人に対して、懲役二年六月の実刑に処する旨判決したが、右刑は重きに失し、不当であるから破棄されるべきである。

1 原審は量刑の事情をるる述べているが、その中の基本的事実認識の誤りとして、被告人が「職業的脱税請負グループ」の一員であるとしている点を挙げることができる。

そもそも、被告人を右のような立場にあると認定するだけの証拠は全くないうえ、「職業的」というが、この言葉自体極めて内容はあい味で、被告人は当時れっきとした職業を有していたもので、納税義務者からの報酬は確かに高額ではあるが、これも被告人が当時負っていた債務の利息や元本の返済に充てるための一時的なものであり、今後このようなことを継続していく意思はなかったし、何よりも本件のような脱税を意図する納税義務者をそう安々見付けることができるはずもなく、たまたま数件の脱税を請負った事実からこれを職業的とみる原審の判断は独善かつ偏見に基づくものと言わざるを得ない。

2 また、原審判示の第一、第二の事実に被告人が関与していった状況であるが、原審の認定ではいずれの場合も被告人が積極的に働きかけた結果であるとしているが、判示第一の関口、同第二の矢嶋の両件とも、真実は関口の件の須藤、矢嶋の件の鬼木、清水ら仲介者の報酬目当ての強い働きかけがあり、加えて、右関口、矢嶋の税金を逃れたいという気持ちと相まって、本件各犯行に踏み切ったというもので、被告人は右仲介者や関口、矢嶋らの金銭欲の犠牲になったといえるのであり、この点に配慮していない原判決は、刑の量定を誤っていること明らかである。

3 更に、原判決は犯行が極めて計画的かつ巧妙であるとして、金銭消費貸借契約書のねつ造の事実の他、弁済の事実を作り出すための銀行送金の実績作りの事実を挙げているが、この点は既に明らかなとおり、西新井税務署の河西統括官の指示によるものであって、巧妙であったとすればそれは税務署当局の担当官からの指示であったので当然といえば当然なのである。

4 次に、原判決は判示第二の事実に関して、更正処分後の税務調査による三通の領収書をねつ造し、銀行送金の実績作りに被告人が協力したとするが、既述のとおり、領収書作成は岩内税理士の指示であって、被告人は言われるがままに行動したに過ぎず、送金事実の実績作りも、結果としてそうなったもので、被告人が自ら意図して行ったことではない。

二 被告人が、本件各犯行を犯すに至る動機については、同人が報酬を目的としていたものであることは否定できないところであるが、ぜいたくな生活や遊興娯楽を享受するためでなく、単なる私利私欲のためでは決してなかった。被告人の得た報酬金の大部分は、被告人が経営していた会社の累積負債や街金融業者への巨額の支払金利に費消されており、私用としたのはわずか八〇〇万円のみであった。そして、その使用目的も、妻の急逝により生活の糧を失った関西に在住していた五人の子供を引き取るための住居の確保のためであった。

被告人は、何故このようにしてまで東京の生活にしがみついていたのか、この心情の真の理解は到底困難かもしれないが、それはただ一つ、被告人が後述する同和部落出身であり、今も厳然として関西方面に残る異常なまでの差別の存在が、被告人をして、東京以外に安穏な(それも極めてわずかなものに過ぎないことは想像に難くない)生活を得る場所がないという思いにさせたためであった。莫大な債務を負い、その金銭苦から逃れたいという一心から本件各犯行に及んだものではあったが、被告人をここまで追い込んでしまった真の原因が右に述べた部落出身者への差別の存在にあったことは、本件動機を考える上で十二分に配慮しなければならない。

三 ところで、同和部落出身者である被告人は、犯行当時まで、自らが部落民であることをひた隠しに生きてきた。それは部落民であることが周囲に知れると、直接・間接種々の迫害を受けるからである。部落出身ではない亡くなった妻や子供達と別居生活を余儀なくされたのもこれが原因であり、又、自らが差別無き新天地を求めて東京へ単身で移住したのもそのためであった。これこそ、国家自らが引き起こした犯罪の悲劇的結果以外の何物でもない。そんな卑屈な生活を強いられてきた被告人が、それとは正反対に、同和を売り物に、看板を掲げ堂々と世間をかっ歩して通る今川同和会を知り、「砂漠にオアシス」と人生の救いを求めて多大な金品を寄贈しながら近付いていったものの、やがてこれが「似非同和」であることを知り落胆したが、これらに対する行政機関の大半がいわゆる弱腰で、偽であるのに優遇し、その見返りとして、今川らが莫大な利得、恩典を得ているのをつぶさに目前で見せられたのである。被告人は、その上申書で自らの心情を嘘、偽りなく次のように述べている。

「部落民である私が、過去自分達に対し、無尽の過失を重ねて来た国家から、その賠償分として某の利得を受ける様なことがあったとしても、必ずしもそれは間違いである、とは言えないのではないか、偽物でさえ国家の賛助協力のもと、これほど大きな利得にありついているのに本物がこのまま指をくわえて見ている事はないではないか、考えてみれば、私や私ら一族は、今日に至るまで、同対法にうたう“国家が負す債務の弁済”等と言うものには一銭一度たりとも浴する事はなかった。このまま終わってしまえば、当然泣き寝入りである。部落民の私が行う事は、偽もののそれよりむしろ当たり前の事だ。まして国家が相手であり、一他人様を騙して行なう「盗み」等では決してない。同対法の主旨から勘案すれば、私には、必ずその権利がある……。

今、冷静になって思うに、全くこじつけ的自給論であり又とるに足りないへ理屈でしかありません。どう考えてみても、許されるべきでない盗人の理屈である事も十二分に解っているのですが、唯、当時に於いては、それ程にそう思わざるを得ないような数多の極限的な状態が、私の周りにあり過ぎました。そして、然程の抵抗もなく、こんな恥ずかしい歪んだ錯覚や試行錯誤が、私を支配してしまいました。勿論、今更自分の罪を逃れようとしてこのような事を申し上げているつもりはありません。とにかく何も彼も、今回事件へと進んで行く環境や諸条件の様なものが、ある時期に揃ってしまいました。或いは、その精神状態が正常でなかったのかも知れません……」

そして、「似非同和」に対する行政機関の弱腰の姿勢が、本件のような犯罪を誘発した一因であることも明らかであり、被告人の右心情と合わせ、十分なしん酌を望むものである。

四 第一審の実刑判決の言渡しを受け、被告人は、改めて自らの犯行の責任の重大さを痛感し、その改しゅんの情は誠に顕著なものがあり、今自らが為しうる範囲での被害弁済や利得金の社会還元の実現に向けて真しな努力をしているところである。

被告人の私財の殆どは競売等により失うことは紛れもない事実であり、更に被告人自身が実刑で二年六月の長期にわたり拘禁されれば、残された五人の子供の行く末は悲惨なものになることは想像に難くなく、既述した諸情状を考慮するとき、被告人に対して下された原判決の量刑は、同人の犯した罪に対するものとしては余りにも重すぎるというべきである。

五 第一の事実誤認の部分で述べたとおり、原判決判示第三の事実について被告人は無罪であり、加えて第二の量刑不当の部分で述べた諸情状をご勘案のうえ、原判決を破棄し、事実認定に誤りがなく、かつ寛大なる判決を賜るよう申し述べる次第である。

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